「というわけで白命さんは敵ではないようです」

「おいおい、清香ちゃんよ、もうちょっと詳しく言ってもらわないと咲夜姉さんもさっぱりだぜ」


 清香に呼び出され話を聞けば、相変わらず煙管をふかしておどけての咲夜。


「いえ、僕も詳しくは知らないんですよ。でも忍としての任務でかぐや候補になっただけでかぐやになることはないみたいなんですよ・・・」


 ぼかしぼかしての清香の言。


 白命から伝えられた話の内容、清香自身も詳しいところは与り知らず無責任に他言もできず、しかして共闘を誓った咲夜に最低限の事は伝えねばならぬと清香、曖昧に情報を口にすることとなった。


「任務ってどんな?」


「いや、ですから僕もそこまでは知らないというか・・・」


「要領得ないねえ・・・」


 すでにしどろもどろの清香である。別段咲夜でなくとも怪しいと感じるのは当然であり、


「第一また襲撃にあったなんて大事なこと、なんで今の今まで黙ってたかね」


 特に責め立てるわけでもないが、煙管の灰を落としながら、硬い音上げつつの言葉である。立腹の表れとも聞こえて清香、


「す、すいません、下手な心配を掛けたくなかったもので・・・」


 頭を下げる。同日に咲夜もまた襲撃ではなくとも戦闘があったと翌日に聞き、言葉の通りである、心配掛けさせまいと下手に気を回したこと、これ真実であった。


「いや、まあそれはもういいけどさ」


 もとより怒っているわけでもない。すまなそうな清香を見て、咲夜は語調を和らげ、


「んで、そこを助けてくれたのが白命ってわけか」


「はい」


「それで?何故か清香の家に行って?何故か訊いても無いのに忍が自分から任務のことを話したって?それ相当怪しくねえか?」


 疑問をありありと咲夜。


「え?いや・・・当日に無駄な諍いを避けようとのことじゃないですかね・・・」


 清香はそれらしく誤魔化すも咲夜は馬鹿ではない、


「忍ならでは、事を隠密に済ますためってか。わからなくもないけど、じゃあなんで清香にだけ目的を話した?あいつの実力があればそれこそ一人で全て抱え込んだまま任務を処理できるんじゃねえのか?なんで清香に接触する必要がある?それに助けたっていっても、偶然にしてはちょいと時機が旨すぎやしねえか?」


 咲夜は次々と疑わしきを挙げる。
そしてその全てが正しい疑問であり、白命が清香を助けた時機について、これもまったくもって正しい。実際、この時白命は接触の時機を窺っていたのである。だがそれは清香達に断定できるものでもなく、疑問は疑問のまま、咲夜は言う。


「はっきり言ってわっちは、白命の事はあんまり信用しない方がいいと思う。得体も知れねえ底も知れねえ、一端なりとそれを見せる気もねえ、そんなやつを大事な局面で信用すると酷い目にあうよ」


 いかにも人をみてきた咲夜なりの助言であるが、清香は思わず声を大にし、


「信用はできます!」


 あの夜、白命に向けられた微笑みと信とを思い出す。
 咲夜は事の他激しい清香の反発に多少面食らいつつも、


「根拠は?」


「その時、面と向かい言葉を交わし、人となりを見た僕を信じてくれとしか言えません」


 清香は全てを話せない罪悪感に堪えながら言う。
それは何があったとしても自分の過失、責任であるとを示して誓う、誓ったところで自らの力量を越えた事柄をどうにかできるわけでもないが、清香の精一杯の説明であった。


(こりゃなんか吹きこまれたんじゃないのかね?)


 清香の熱意ある必死の言葉。それにただ心動かされるだけならどれほど気楽なことであろうか、咲夜は思う。しかしその気楽さゆえに過ちを犯すつもりもさらさらない。


 遭遇戦である今回のかぐや。


 使者から伝え聞いたところによると参戦者全ての開始位置はばらばらとのこと。共闘を誓い、どちらかがかぐやになるように努力するなどと言ったところで言葉ほど簡単にはいかないだろう。戦場では誰と遭遇するかもわからず、誰がいつどこで罠を張っているかもしれないのだ。下手をすれば一瞬たりとも顔を合わせることもできないかもしれない。そうなると出来ることは相手の事を信じ、常に行動を双方の利になるように心掛ける、というくらいに限られてくる。


 しかしそれもできるかどうか。
弱気ではないが、客観すればそうなる。
 先の獄門然り、相手はかぐや候補だけではない、あんな物騒な妨害者もいる。俯瞰すればいよいよ頼むのは自らの力だけになってくる。事前に会場と開始位置が知れていれば事情もまた違ってくるかもしれないが、それは明かされていない。
実際咲夜はその人柄を利用し、運営関係者から情報を引き出そうと試みてはいたが、どれほど意気投合しようとも肝心のかぐやの情報だけは洩らす気配を感じなかった、という実情がある。

 状況を大きく左右する戦場の環境、その情報が皆無なのだ。そしていつどこで誰と始まるかもわからない戦闘。


(ちょいとしんどい戦いになりそうだねえ)


 思い、


「でも実は白命がかぐやを狙わないっていうのはちょっとした報せだね」


 言う。はっきり言ってそれもどこまで信用できるかわかったものではないが、清香がここまで言うのだ、かぐやを狙わないということ自体は真実かもしれない。
では真の狙いが何なのか、それを思うと気など一向に休まらないわけだが。


「はい、千鳥さんと並んでかぐや候補筆頭ですから、他の人の注意を相当に引いてくれると思います」


「でも清香、お前はそれをわっちに言っちまっていいのかい?あくまでそれはお前と白命の間での話だろ?そりゃあもちろん話してくれたのは嬉しいけどさ」


 自分への義理の為に白命への不義理を成させたとあっては清香の清心に申し訳がたたない。この程度のことは黙ってたっていいのだ。こんな誤魔化し誤魔化し、理由も言い訳もたてずただ気まずい思いをするだけならば、だ。

 例えば本当に白命が敵対する気がないというのであれば、それのみを無理に咲夜に伝える必要はない。かぐや本戦で対峙しても実力と策術に勝るであろう白命、自ら身を引くはずである。

「はい、それは心配しないでください」

 清香は答える。

 自ら知らぬ部分も多く、軽はずみは出来ぬだけ、今はただ仔細細かく言えないが、清香としてはかぐや本戦後に咲夜には是非協力を仰ごうとすでに決めている。できるだけの誠意を表すのは当然であり、この程度の内容を両者の間だけで交わす程度なら白命も了承するであろう、清香の考えである。

 咲夜はそんな清香を見据え、話せることは話そうという、罪悪感からくる清香の不自然さに気がつかないふりをした。明らかに何か大事なことを伏せている様子だが、眼前の彼女を見ていると不信さは微塵も湧かず、その善良さばかりがただ眩い。


「そうか、ならいいさ」


 咲夜は言い、煙管を咥える。

 しかし胸中、その姿ほどには泰然としてはいない。


(あの面子の中でかぐやを目指すだけでも骨なのに、業物衆の介入やら白命の動きやら面倒事ばっかり増えるね)


 しかも最も厄介なところが、それらへの有効な対処法が無いことである。かぐやの運営に関しては絶対に仔細知ることは叶わぬであろうし、清香と白命についても同様である。これ以上清香が何か話すとは思えないし、ただ怪しいからということだけで無理に清香をほじくってもやはり結果は同じ。大元である白命に至っては見つけるも困難である。であれば・・・


「よし、話はわかった。じゃあ今日のところはこの辺でお暇させてもらうわ」

 咲夜は言って腰を上げる。


「え、もう行くんですか?」


 意外そうに清香。気まずい思いをしているとはいえそれは自らの責任事、それから解放されて喜ぶなど品の無い、相手は自ら招いた客人である。数日ぶりに会った友人であり同士ともうしばらく時を同じくしたいとの気持ちも当然あった。


「いや、悪いけどちょいと野暮用があってね。また近いうちにわっちから顔出すよ」


「そうですか、わかりました。今日は突然お呼び立てして申し訳ありませんでした」


 頭を下げる。


「いやいや、それなり意義のある話だったからね」


 そう言って笑い、手を振り清香の借家から出ていく咲夜。








 嘘はあった。
些細ではある。
野暮用は〈あった〉のではない、
今しがた〈出来た〉のだ。








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