あらゆる屋台、芝居小屋、大道芸など、賑やかで明るい欲求満たせるであろう場所を咲夜は順繰りに回っていく。食欲にだらしのない犬でも探すように、その性質を辿って手当たり次第に歩きまわる。



 目当ては千鳥であった。


 たまに一緒になって町をふらつく時も約束などしたことはない。互いに食い歩きなどしているところで鉢合わせ、すぐに意気も投合して合流する。毎度それの繰り返しであり、千鳥を探すならば盛り場を巡るに限る。


 咲夜はまず清香の借家からほど近い三条の通りを西に歩きつつ脛川を渡り二蓮ノ城付近へ歩き、そこから南下。四条、五条と賑わい著しき地区を見て回る。

 がそこに千鳥の姿はなく、ならばと咲夜は五条の通りを東へ行き、再び脛川を渡って東山地区へ。東山は祇園の南部を成しており、脛川を挟んだ西向こうの城下町と比べると格段に治安が悪くなる。といっても京都一の歓楽町であり、その南東を抜ければ京を代表する遊郭である雅園が隣接している。東山地区を南北に貫く東大路や雅園へと東西に延びる浮雲小路など、目抜き通りを歩いている分にはそれほど危険はない。通人気取りの生半可な遊び人が闇雲に歩きまわれば泣きをみるところはもちろん幾らでもあるわけだがしかし、咲夜はそこへ向かった。


 ただ食い気を満たす為やちょっとした暇潰し目的で千鳥が立ち寄りそうなところは大よそ回った。が、彼女はいなかった。そうなると他の似たような地区へ行くよりも少々物騒な見世物を愉しめる場所にいるのでは、とは咲夜の勘である。



 向かったのは御法度とされている賭場である。実は咲夜も時折通い、御禁制のいかがわしい熱狂の中で遊びに熱中することもある。であるから幾つかある賭場の場所も全て把握済みであり、咲夜はそこを回っていく。


「よお、姐さん、久しぶり」


「なんだよ、寄ってかねえのかい」


「かぐや頑張れよ」


 などと見知った顔らに声をかけつかけられつ、最後の賭場の前に着く。
場所は東山の奥まりにあり、一見すると流行らない小料理屋である。しかし奥の座敷にある階段を下りると、地下には欲望渦巻く鉄火場が広がっている。
 行われるのは花札や丁半などよくあるものだが、ここは知る人ぞ知る性質の悪いいかさま賭博が行われるところである。生に金に瀕した者になけなしの銭をつくらせ、斡旋者がここを紹介する。そして抱えのいかさま師がそれを巻き上げる。破滅し、乱心する者ももちろんいるがそいつの
処分(・・)までも見世物にする悪辣さ。博打よりもそれを目的に通ってくる者もいる。


「らっしゃい」


 咲夜は仮初の小料理屋へ入ると、声を掛ける店の者に見えるよう、入るなり左の肘をかりかりと掻きながら「奥は空いてるかい?」


 すると店の者の相好は悪どく緩み、奥の座敷を指差した。
入ってすぐ左肘を掻きながら奥座敷を指名する、この仕草が賭場へ行きたいという合図なのである。咲夜はその悪評ゆえにここへ来たことはなかったが、他の賭場に出入りしている故、それは常識事のように知っていた。


「・・・しかしまあ、今日はかぐや候補がよく来る日だ」


 店の中に他に客もいないせいか、店の男は口を開いた。悪事に頭までどっぷり浸かった者特有、毒気と陽気さの混淆した口調である。


「やっぱりここに来てたかい、あいつは」


「ああ、さっきな」


 しかし咲夜、そんなことで臆することはない。生来の豪胆に加えて、遊女として眼前の男よりよほど金も悪徳も備えた男と対等に接してきたのだ。ここでの会話など町で気の良い兄ちゃんとの立ち話、咲夜にとってはその程度の認識である。咲夜は、


「ちなみにあいつ、よくここに来んのかい?」


「ああ、まあ時々な。なんだい、姐さんはあの子の保護者かなんかか?」


「んなわけねえだろ、自分より凶悪な奴をどうやって保護すんだよ」


「くく、そりゃあそうだ。うちだって普通だったら金持っててもあんな子供は入れねえ。此処も町でやっていく為に最低限の線引きは必要だからな」


「でも、ま、あんな非常識な子供だったら例外にもなるってか、そりゃそうだわな」 嵌め殺しまで見世物にしておいて何が線引きか、との思いは抑えて咲夜、調子を合わせて言う。


姿形(なり)はあれでも、京のどんなやくざ者より血ぃ浴びてるだろうしな、まあ特別だよ、あればっかりは


 話好きなのか、男は饒舌に喋る。


「でもそれで正解だよ。あいつの機嫌は極力損ねない方がいい。下手したら最悪、気が付かないうちに首が飛ぶよ」


 そう物騒な冗談を飛ばす咲夜の迫力も中々どうして圧威を持って男を気圧す。


「あ、ああ、そうだな。まあ姐さんなら何も問題無い、好きに入ってくんな」


 男もさすがに心持ち後ずさるように言うと咲夜、


「ああ、ちょいと邪魔するよ」


 座敷へ上がって地下への階段を下りていく。

 


 悪評であろうが風評も人足もそれなり集めるところ、地下ゆえの危うさはほとんど感じさせなかった。地下へ通ずる階段を含め壁から天井にかけて全て板張り、行燈も幾つか設置されて視界も明るく開け、暗がりに足を踏み外すなんてこともない。正直ここだけを見るならばいかがわしさはほとんど無い、のだが、下方から階段を駆け上がってくる下卑た声の渦巻き、これがどんな場所へ通じているのかをはっきりと思い知らせてくれる。

 煮えたぎる釜の底、まさにそれを連想させて悪徳が燃え盛る地下へ咲夜は下りた。その空間は意外と広く、奥行きだけなら10間はあろうかというものである。もちろんそこにも幾つかの行燈が壁や床に置いてあったが、そのか細い灯りが幾つ集まろうと鉄火場を照らし切るには心許ないものであった。

 博打の熱気に着物をはだけた半裸の博徒達が次々に咲夜を見る。薄明かりに照らされた地下賭博場。行燈の灯りによって博徒達の長く黒い影が方々に伸びて壁や天井に張り付き、それはどこか物の怪の巣窟を思わせるような不気味な様相であった。しかし咲夜は、


「あ、どうぞお構いなく〜」


 などとへらへら、千鳥を探す。
正直、用を済ませてさっさとこんなところから出て行きたかった。
咲夜自身、博打も好むし多少のいかさまも認めている。
それ(・・)を含めての文化だと思っているからだ。ある種のいかさまは高度な技術であり、研鑽の賜物であり、向上の意思であり、それを用いることも暗黙の駆け引きなのである。いかさま行為に当てる言葉として適切かはさておき、それは博徒達の切磋琢磨なのである


 だがここは、窮した人間を騙して誘い込み、金を巻き上げ、不正を訴えるなどすれば弱みにつけ込んで見世物じみた殺しまでも行う。こんなものはいわばただの外道の行いであって、気分の良い理由も無い。


 もちろん是正の意思はある。だがまだその時ではない。かぐやを制した後、それからだ。眼前で理不尽な殺しでも起きようものならそんな考えも関係無く止めに入ったろうが、とりあえず現状はただ博徒達が博打を打っているだけである。


 そんな彼らも、かぐや候補として有名な咲夜の姿に瞬間驚きをみせるが、それはまさに瞬きほどのこと、咲夜と千鳥が物騒な遊行をも好むことはやくざ者達にはよく知られている。好奇の目(好色の感が強いが)を向けつつもめいめい博打に集中していた。





「あ、咲夜だ!」

 そして本来の目的の千鳥であるがなんともあっけない、場にそぐわぬ無邪気な容姿は探す手間も無く目につき、駆け寄ってきた。


「ちょっと出て飯でも食わねえか?」


 そして咲夜が誘えば、


「肉か?肉なんだな?!」


 一斉に食いついてくる。


「あ?ああ、肉だよ、肉でいいよ」


「よかろう」


「なんだよ、ここはもういいのか?さっき来たばっかりなんだろ?」


「今日はなんもなくてつまんなかったんだよな〜」
 まるで縁日を逃した子供のような退屈顔だが、口ぶりからして千鳥の求めていたものは時折ここで行われる残酷な見世物であろうことは明白であった。




(・・・ほんとに、こいつばっかりは)

 わからない。咲夜は思う。それなり人を視る目はあるつもりだが、千鳥のことはどうにも掴み切れない。情緒がちぐはぐだとか趣味嗜好が特殊だとかの奇人変人とはまた違う、どこか人間以外の生き物のように思えることがある。まるで人の断末魔や生き血を霊薬に童女の姿を保つあどけなき鬼女、そんなものに見える時が。






「ほら、早く千鳥さんを馳走の下へ導くのだ、肉の使者よ」


「誰が肉の使者だ」


 埒の明かない思考は脇に置き、咲夜は返す。
とりあえず今は千鳥の正体を詮索するよりも優先することがある。苦笑いして返し、もはや階段を半ば程までのぼっている千鳥を追い掛けた。












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