それは時に数えれば数瞬。

 清香の変化を剽としつつ注意深く見据える咲夜は、
高煙亭を肩にかけたまま腰を落とした。


 風が吹き付け、木々がざわめく。



 そして再び静寂。



 闘争の緊張が高まる中、
清香はともすれば呑み込まれそうな自我を律するかのように、
丁寧とさえ聞こえる口調で静かに告げた。

「仕掛けます」

 軽く後ろに開いた右足を踏み込む。

 すると足底で火薬が爆ぜたが如く力が爆発し、
清香を火車の如く駆動させた。

(この速さ!)

 清香は自らの動きに内心驚嘆しつつ、龍切を上段に振り上げた。

(確かに速い!けど・・・)

 咲夜も正真正銘稀有なる資質の持ち主である。
さらに高煙亭で身体のあらゆる能力が補正されている。
もちろん動体視力も反応速度も、である。

 清香の動きを捉えた咲夜は上段からの振り下ろしを後ろに飛んでかわした。

(真後ろに回避?甘いですね)

 清香はすかさず勝機をみる。

 斬り込みを後退でかわすは愚かである。切り返しの良い的だ。

 もちろん清香はすでに切り返しの体勢になっている。
そしてさらに一歩踏み込み、逆袈裟に切り上げる。

「甘い!」

 しかし咲夜はどこか嬉々として言い放ち、
肩にかけた超重量の高煙亭をまるで綿毛の束かのように操る。

雁首を地に打ち立て、盾と成す。

 龍切と咲夜の間合いは遮断され、
高煙亭の雁首付け根近くの管で龍切の斬撃はあっさり受け止められた。

(びくともしない!・・・)

 通常より力も上がっているはずである。
状況を整えれば多少は張り合えると思っていたが、
それが随分と甘い算段であったと清香は気付かされた。

(驚いている暇はないよ)

 咲夜は清香の一瞬の気の乱れを見逃さなかった。
雁首は足元に置いたまま、身体ごと管を引いた。
余力を駆られ円形の管の上を龍切が滑り上がる。
清香が流れた体勢を立て直そうと後方に重心を傾けた瞬間――

(ここだね)

 咲夜は清香の重心移動に息を合わせて同乗し、清香へ詰める。

「ちょいとじゃまするよ」

 清香の間合いを喰い尽くし、懐へ入り込むと、
居間にでも上がるかのように調子よく言った。

 状況は攻守逆転。

 咲夜は龍切を受けたまま、圧力を掛けて清香を圧し込んでいるのだ。

 咲夜は軽く前傾になり、管を持った右腕を押し込んでいるだけであるが、
一方清香は折膝付きそうになり身動き取れなくなっている。
圧力を利用して咲夜の圧し込みをいなし、逆に相手の体勢を崩すなどといった余裕はない。

どんな目的であれ清香が動いた瞬間、地に潰される。
ただ心身を削り耐え忍ぶしかないという絶妙かつ悪質とさえいえる力加減でもって咲夜は、いとも容易く清香を封殺したのだ。

(なんて力・・・)

 早々に腕が痺れてくる。
清香は歯噛みする。
対人戦の経験の差が思った以上に大きい。

そして何より高煙亭の力で強引に勝負を進めるという印象の強かった咲夜に、相手の呼吸と重心を読むという高度な理合によって挙動を制された驚きが強い。
このままでは地に伏し、呆気なく惨敗を喫するだけである。


が、そんな筋書きは両者とも望んでいない。















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