帰路につきながら、白命は自らを追跡する複数の気配に当然気付いていた。京都隠密であろう。自分への不審によろう、夕に三千月夜宴場に登場した時からつけてくる。(ねぐら)を明かさぬ白命は数日に一度、宴場へ足を運ぶ約束になっている。

もちろんそれはかぐや本戦に関係する諸々の決定事項の通知を受ける為である。
一応この時に白命は初めて、今回のかぐやに業物衆の頭も特別に参加する旨聞かされた形になる(すでに知ってはいたが)。

 そしてこの機を逃すわけもないのだろう、そこからずっと『奴ら』はつけてきていた。



(犬奴彦殿、どうだ?奴らが幻術を見破った気配は?)



 白命は近くを隠れて並走する犬奴彦に声を通した。



(いや、ないな。現に今もおれの存在に気付いている者もいないようだしな。京都隠密といえば聞こえは仰々しいが、こんなものでは底が知れる)


 淡々と酷評する。



(あなたの幻術を破るものなどそうはいないでしょう)



 白命という女には非常に珍しく、何の目的も無く会話を繋ぐ。



(それにしても来ているのは中忍か上忍のはずだ。それがあれではな)



 吐き捨てるほどの興味も無いか、無機質に切り捨てて言う。


 犬奴彦の幻術。
会話に上っているそれがどう作用していたか。それは白命の動向を探らんとつけてきた隠密達に清香との一幕を見せぬよう、幻をみせていたのである。
幻といっても別段に特別なものは見せていない、というより何も見せていない。
ただ清香の借家と周囲の風景を実世界の上に張りつけただけ、つまり家の前に二人が出てきてもその姿は見えず、延々と清香の借家が佇んでいる風景のみが他者の目に映るのである。
先に幻術を展開し待機していた犬奴彦は、白命が清香の借家の中に入るところまでを隠密達に
見せ(・・)以降、借家の裏でなされた清香と白命の対峙は見せなかった。そして最後に再び白命は借家に入り、出てきたところで犬奴彦は幻術を解き、白命と行動を共にした。

隠密達には白命と清香が家の中で何事かを語り合ったと推察するしかないわけであるが、ここで特筆すべきはやはり犬奴彦の幻術の高度さである。
彼の想像通り、白命の後をつけてきたのは京都隠密の上忍達である。それらがまったく気付かず、しかも白命の帰り際に目の前で幻術を解いたにもかかわらず術の繋ぎ目、現実から不純物が取り除かれた瞬間にさえ誰にもそれを悟らせなかったのである。

 しかしその不覚をもって隠密達の実力を云々言うのは少々酷ではあるが。なぜなら龍切の力を宿した清香でさえ気がつかなかったのだ。もちろん清香の意識は対白命に注がれ、龍切の力も馴染んでいたかといえば否である、が、よほど熟練した術者でも神剣の力を堕とした者に術の発動さえ気がつかせないのは凄いの一言で片づけるには少々安い。それほどの術であるからして隠密達が騙されたのはいたしかたがない。



(とにかく今のところ京都隠密はこちらの思い通りに動いてくれています)


白命は言う。



(そうだな、大方、伽輪が討幕の為に人材を集めているといった辺りだろうな、奴らの考えは)


 すでに伽輪に疑いが掛かっているのは知っている。そしてまた、京都隠密も伽輪の動きが『人材集め』という名目だけで説明できるものでないと気付いていよう。
だがその真の目的は不明。であるからこそ、伽輪の尖兵であると見られる白命を張っているのだろうし、方向性は間違っていない。

 だが伽輪が何をしようとしているか、その目的の絞り込みはやはりできていないようである。完全な理由ではないがやはり『人材集め』の線で動いていると見ているのは確かだ。白命に貴重な上忍級を複数つけているのが良い証拠である。とにもかくも『人材集め』と思ってくれているならば都合が良い、だからこそ清香の元を
訪れる(・・・)ところ(・・・)まで(・・)()見せたのだ。

本来の目的を推察できていれば今みるべきは白命ではない。
状況はもはやそんなところにはないのだ。
人材集め。確かにそれも間違いでは無い。だがここで肝心なのは清香がいなくても計画は実行できる点である。

 清香が期待通りに機能すればもちろん大きな力となるが、いなければ全てが頓挫というわけでもない。清香も大きな要素の一つではあるが最重要の事案でもない。
上手くいけば儲けもの、いや
()儲け、であるが、枢軸を成す鍵でもない。

 もちろん伽輪の意図を把握していない京都隠密にそんなことは知れるわけもなし。であればこそ清香との接
触に実際以上の意味を大きく想像せしめ、陽動としての確実性を増すのである。
実を含んだ虚であり、相手が騙されている限りはこちらの丸儲けという図式である。そしてそれを永く持続するには余計なことをしないことが肝要、情報の過も不足も禁物、それこそが相手を惑わす最上の匙加減、わきまえて白命と犬奴彦、



「そろそろ撒きましょう」


「そうだな」



 言葉を通し合い、忽然と隠密達の認識から消える。













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