「で、向こうさんの返事は?」


 二蓮ノ城。

 そこにいるのはまたしても以前と同じ者達。


 諸見、雲石、獄門、裏百家、貫之。


 一同会し、早速誰にともなく口火を切ったのは裏百家である。


「裏百家、わきまえろ」


 咎める口調で名を呼ぶのは雲石。
いくら諸見が彼女らに寛容であろうと立場は弁えるべきである。業物衆頭の一人といえどここでは立場は最も下だ。加えて雲石と裏百家、どちらも江戸忍術の高家である故、昔年よりの知己である。
(いさ)める態度にも遠慮が無い。


「内容なんて解り切ってるんだ。勿体つけるもんなんてないだろうにねぇ」


 聞こえみよがしに言って裏百家、引っ込む。
元より彼女、かぐやに頼らずとも現在の立場に就けた人間である。なのにわざわざ三千月夜に参戦したのは大乱治まって久しい世に退屈を覚えたのが理由という、忍としては些か異色というか剥き出しというか。

 それでも裏百家の一族が戦闘術に特化し、忍と武門の中間に位置するような稀有な家柄であるからこそ許されたことではあろうが(一般には公開されていないのでそれを知る者はほとんどいないが)。
いくらなんでも生粋の忍がただ自己の欲のみでかぐやになることはない。ただの可能性の話というのであれば無いこともなく、禁とされているわけではないが。


「よい、雲石」


 だがそんな雲石を諸見、鷹揚に制す。
この男にかかれば人を測るに至り、生まれや身分など何の参考にもならぬ。
ただ
(しん)の強さ、我の強度、自ら欲するものに忠実であるか、我欲を唯一の王と奉上股肱としてを極めんと生を使うか。これが重要であり、みるべきはそれのみ。

 諸見は人だけをみる。才や器量、尊重すべきそれらがいかに尊い階級から不具のように欠落しているか、それをいやというほど知っている。

 もちろん現将軍・蓮月豪徹を筆頭に恭順して然るべき人物ももちろん存在する。であるから諸見の好嫌は激しい。ただ名家に生まれたというのみの木偶の如き幸運な無能には邪眼に等しき(まがつ)を送り、評価に値する人物には正邪を越えた友好を示す。


 裏百家 千利。


 戦闘を好む点では獄門と一緒ではあるが裏百家、それを至純の芸術とする。
如何に自らの技でもって相手を圧倒するか、その過程に並ならぬ拘り持ち、凄惨な死を刻みつけて完成とする。
容姿は極めて美しく、技巧に優れ、しかし秘めたる蛮性の凄まじさ。極悪の華、などの形容囁かれる悪の才媛である。また軍略にも優れ、六つある業物衆で最も優れた将帥であるという見方が強い。

 そんな彼女であればこそ、諸見が友好を向けて然るべき人物であることは明白である。


「わしも同感だ。だろう、雲石?」


 重ねて諸見にも訊かれればこれ以上立場云々言っても栓も無い、すぐに答える。


「は、9集伽輪に送った使いによりますと、白命などという忍は知らぬとのことです」


「ま、そりゃそうだろうなあ」


 淡々とした雲石とは対照的に獄門、猫のように伸びなどしながら陽気な調子で。


「・・・・・・」


 雲石はそんな獄門を見て、業物衆頭達の態度に苦言の一つも弄したい気持ちが起こるが、そんなもの諸見は露とも気に掛けないであろう。言ったところでまったくの無駄なのだ。

 無駄は徹底的に省く。

 忍としての性か、それとも雲石が生来持ち合わせた性質か、どちらにせよ苦言も嘆息も自らの内に封じ込め、雲石は言うべき事だけを言うことにする。


「まあ伽輪の返答自体は解り切っていたことです。反幕感情のある伽輪が凄腕の忍をかぐやに送り込むこと自体、露骨な叛意の表れとなりかねないわけですし、認めることはまずありえないでしょう。が、こちらの目的は牽制です。幕府はすでに伽輪に疑いを掛け、その動きを監視していることを伝えることが狙いです」


 諸見は頷き、


「なんとも気苦労の絶えぬことよな。白命の出自などどうでもよいと言えぬのが我らの立場よ。怪しいと感じたならば対策を立てねばならぬ。だが出自も目的も解らぬでは話にならぬわな」


「は、出自さえわかれば目的も知れてきましょう。火種さえ分かれば消火など容易きもの。まあ、向こうが何と言ったところで白命、恐らく伽輪の者でしょうが、しかし万が一にもそこを見誤れば如何なる大火となるやもしれませぬ。かぐやの開催によって隠密は増員しております。もし白命を見つけた場合・・・」


「多少荒っぽくてもいいから探りを入れる、とでも言うつもりかい?」


 裏百家は口を挟む。


「無理無理、ただの隠密が何人いたって手の打ちようがないってあれは、な?」


 ひらひらと、末端の隠密への小馬鹿を表現したように手を振り、初めから黙って話を聞くのみの貫之に振る。


「・・・」


 すれば貫之、黙って頷く。無感情なその顔だが、その閑散とした表情の下では凪いだ殺意がどこまでも広がっているかのようであった。


「つうかよ、そこまで警戒する必要あんのか?ただ出自不確かな忍がかぐやにでるだけだろ?いざとなったらあたし達が止めてやんよ。業物衆の頭を集めたのも結局はそれが目的だろ?」


 出自不明で“凄腕”の忍がかぐやに出ることが問題なのだが、いかんせん獄門という女、頭は決して悪くないのだが闘争が絡むと圧倒的にそれが第一となってしまう。

 雲石は重く息を吐くと、改めて喋り始める。語り聞かせる先は主に業物衆の頭達へなので、礼を失するようなものでなきにしろ口調はぞんざい。諸見など上の立場の者と喋るに比べればではあるが。


「一度、問題を整理するぞ。
今回の話、大元は一人の隠密廻りが跡形も無く消えたことにある。
かぐや候補による御披露目が終わってすぐ、5日後か、に、それは起こった。断じて言っておくがその者が抜け忍となった可能性は皆無だ。その日の明け5刻頃に天満寺三門小路にかぐや候補の清香と咲夜が連れ立って歩いていた。これは多くの証言があるので間違いない。
そしてそのまま天満寺へ。これも多くの目撃証言がある。
そしてその時刻にかぐや候補を追うように天満寺へ巡廻に入るはずだった隠密廻りが時刻をほとんど同じくして消息を絶った。まあ目撃証言もなにも獄門殿が咲夜から直接聞いたように、彼女らは一宝庭園で所属不明の忍の襲撃に遭ったわけであるが、そこに出くわすはずであった隠密廻りはそこに現れなかった。
身内の不手際曝すようで恥ずかしい限りだが、襲撃側の時間稼ぎにまんまと引っ掛けられたのだろう。だがその後、急ぎ一宝庭園へ急行し、早期発覚を恐れる襲撃側に消されたと思われる。
これに関しては物的証拠も何も無く憶測がものをいうのみだが、京都隠密、ひいては幕府を敵に回す意志、我らを後手に回らせる手並み、そんな忍の集団は伽輪しか考えられん。そして白命という女に目がいくのは当然だ。あれは脈々と流れ続けた忍の血脈、その結晶といっても過言ではない。あんなものが生まれるのは伽輪以外にないだろう。
その伽輪の一人がかぐや候補として現れつつ、同じ一派が他のかぐや候補を襲う。競争相手を潰す、そんな程度の低い問題ではなかろう。清香も咲夜も白命の強敵となり得ないからだ。そんなことの為にあからさまな反幕行為を示すなど馬鹿なことをするわけもなかろうしな。
となれば、あえて断定して言うが、この伽輪による一連の行動には狙いあっての、一貫性のある行動とみるべきであろう。敵対行動などとは違う、正しく紐解きさえすれば伽輪にとり、利の連なる行動原理がみえてくるはずだ」


 雲石がそこまで言うと、諸見は癖なのか、薄笑いを引き延ばすように顎をこねると尋ねる。


「では貴様は此度の件で白命及び伽輪にどのような利が生まれるとみる?」


「いえ、まだそれは如何とも・・・」


 雲石の口が淀むと獄門、


「あたしと同じで力試しとかじゃねえの?」


 修羅の徒ならではの発想か、なんの気なしに事実を言い当てる。わけだがもちろんこの場にてそれを指摘できる者はいなく、一意見として扱われるのみに留まる。


「それも一つの見方か・・・・・・いや、ありうるか・・・」


 だが雲石、すぐに考え組み上げ、獄門の意見にこそ事実があるのでは、考え始める。

 力試しをしたとしよう、そして清香らは合格した、なればこそ次には突如として現れ貫之の弓威を排し助けた、のでは。そして伽輪は間違いなく幕府に積年の恨みがある。恭順の意を示してはいるが腹の中では何を考えているかわかったものではない。むしろ碌なことではないだろう。討幕の為の人材集め、これは有り得る。

 ではかぐやになる理由は?外からの忍がかぐやになったとしても間違いなく幕府には警戒され結局は身動き取れなくなるだろう。
なぜなら戦乱後期、天下の趨勢を得た蓮月家は戦乱終結後の蓮月による統治を考え、戦死を装って多くの忍、また忍の里を滅ぼした。
 というのもあらゆる忍の流派は9集伽輪から派生しており、全てが伽輪の亜流なのである。忍は本来、雇われの戦人なのであり、契約が違えば主君も平気で裏切り敵となる。そんな忍が絶対の主として仰ぐのが忍術宗家の伽輪であり、戦乱終結後に蓮月を脅かしかねない勢力の排除は蓮月にとって必須であった。

 だが伽輪からすればありもしない叛意を警戒されて全国多岐にわたるほぼ全ての流派が壊乱の憂き目にあい、伽輪自体も多くの犠牲者を出した。その上で、天下を制した蓮月家はぬけぬけと弔意を表し、変わることなき協力を求めた。卑劣な遣り口で応じざるを得ないようなことをやっておきながら、いかにも寛大な心をみせる。

 茶番であった。
当時、すでに真相に気付いていた伽輪はこれを機に、幕府と袂を分かつことになった。しかし感情のままに敵対することは不可能であった。蓮月の有する国力とは差があり過ぎ、伽輪は毒を恥辱を飲む思いで表向きは幕府との友好関係を保ち続けることになる。

 そしてもちろん蓮月幕府もそのような伽輪の真意、気付いていた。伽輪の力が再び危険域に達さぬよう巧みに政治を操り、伽輪は伽輪で幕府の目の届かぬところで着々と力を蓄える。

 このように互いが互いを敵視し合う危険な均衡の中で幕府直轄でない忍がかぐやになったとしても、実際のところ大した自由は効かないであろう。

 討幕の為の人材集め。やはりこれは大いに有り得る話だ。
だがそれならかぐやを狙う必要はなく、もっと言えば三千月夜に出る必要も無い。それこそ何の注目も浴びずにただ目的を遂行する為に暗躍すればいいはずである。かぐや候補となりわざわざ注目を浴びる必要はない。とするとその目的はまだまだ謎の中だ。


「獄門殿の言うことも一理ある。が、それだけではやはり白命の行動、ひいては伽輪の狙いを説明しきれんな。やはり現状ではそこを追求していくと共に警備の強化をする、といったところか・・・」


 結局は大した収穫もなく雲石、その声は苦い。


「まあ無理に結論を出しても仕方あるまい。それでは白命以外はどうだ?なにか分かったのか?」


 白命の話はとりあえず区切りつけ、諸見は言う。


「いえ、それもいまいち・・・風香は別として、素性の洗えた候補がいませんな・・・そこも継続して調査するかたちになります・・・」


 まるで進まぬ状況に、自らの無能を曝す心地で雲石の声、ますます苦い。


「よい、なにも責めているわけではない。それだけ今回のかぐや、良くも悪くも逸材が揃ったというところだろう」


 逸材。


 そう評した諸見の顔つき口調からはなんとも禍々しき歓びが噴きこぼれ、顔には出さぬが雲石、心中青くなる。


(この方は恐らく、根のところでは国も何も関係無いのかもしれん。ただ理想の地獄を築きだす修羅が現れるのを待っているとしか思えんところがある・・・)


 でなければどう説明できようか、諸見の表情。まるで逸材と評する今回のかぐや候補にそれを期待しているようではないか。


(だとしても、だ)


 雲石は胸中で呟く。


(そのような修羅は現さぬ、現れても滅殺するのが我らの役目よ)


 京都隠密の頭・西堂雲石の精神は揺るがず、ただ鉛色に硬い。事実、やることは変わらない。

 それにもし諸見が白命に自ら望む修羅をみたとしても、別段に警戒することなどはない。国に地獄絵図を描く為、裏で糸を引くなどといったことはしないだろう。彼は所司代として、国の高官として取るべき行動を取るはずである。手引きが無ければ地獄を顕現できないような、その程度の小鬼は端から諸見の眼鏡に適うものではない。

あくまで自らの修羅性のみで全てを灰燼に帰す者を望んでいるはず。であれば姑息な立ち回りなどはまずすまい。むしろどのような状況であっても敵側に寝返るなどといった行為を取る可能性の最も低い人物でさえある。そういった意味では味方として、所司代としてこれほど信頼できる者も珍しいほどである。

 となればやはり自分も自らのやるべきことをこなせばいい。雲石は獄門に顔を向け、


「獄門殿は咲夜と会った時に、何か気付いたことはありますかな?」


 すると獄門、


「うんにゃ、悪いけどないな。ほんとにただ力試しに行っただけだからな。でもあれだ、国が傾くっつーか、大それた悪意とかそんなんとは無縁の感じだったぜ。そこは信用してくれていい」


 などと淀みなく偽りを口にした。

 咲夜の出自は彼女自身の口から聞いたが何故だろうか、話す気が起きなかった。

 いや、理由は分かっていた。

 獄門はただ咲夜との勝負に水を差されたくないのだ。


 前蓮座女の寧夜。


 廓抜けを計り斬首された稀代の遊女。その最後は遊女として不名誉なものであるにもかかわらず、没して僅か数年で蓮座女寧夜の嬌名はすでに後世まで消えることの無い語り草となりつつある。

 その妹女郎となれば幕府の見方は当然変わってくる。
獄門自身、興味も無かったし詳しくも知らないが幕府の重鎮は蓮座女寧夜の存在を消したがっていたらしく、斬ったはずであった関係者、ましてやその妹が生きてかぐや候補になどなっていたら騒然とするだろう。何らかの政治的圧力が働くはずだ。
本人でなくとも、遊郭などに何らかの形で。それはどちらかに有利に働くかもしれないし、どちらかにとって不利に働くかもしれない。だが獄門はそのどちらも願い下げだった。

 やはり彼女は武官である前に、圧倒的に一武芸者なのだ。
だが無論、武官としての立場も忘れてはいない。雲石に言った人物評は真実そのもの、獄門が咲夜の出自を黙っていても幕府が壊滅的な打撃を受けるような事態にならずと踏んでのことである。

 獄門のその言葉聞くと雲石、


「そうか・・・」


 あるいは予測済みだったのかあっさりと頷き、新たに言葉を繋ぐ。


「こうなると、むしろ白命などまだ情報が揃っている方になるな。それももちろん仮説の域を出ないが」


 自嘲気味に一息だけ笑いを吐き、


「咲夜もよくわからない、清香もよくわからない。まあこの二人はそこまで危険視する必要はないだろうが、次に琴乃。この者もまた他の候補同様、出自が不明。特にこれは風香以外の候補に言えることだが三千月夜に参戦するまでの経緯が完全に空白だ。普通に暮らしていれば何らかの痕跡あるものだが、こやつらにはそれが、現状ではあるが、まったくない」


 ここまで言うと雲石、軽く溜息吐き、


「そして千鳥。こいつが一番わからん。まずあの現実離れした強さ、特に才のある者が何十年磨き続け体得し得る武技、それさえ圧倒する武力をあんな歳で有しているとはどういうことだ?正直、悪夢のような存在だ。我々のように武に携わる者としてはな」


 今回のかぐや候補、もはや頭痛の種でしかないのか、雲石は忌々しげに頭を振る。

 しかし世にも稀有な武の化身である業物衆頭からしてみれば悪霊退治も一興とでも言うつもりか、獄門も裏百家も嬉々と応じ、


「その悪霊を素手で仕留めれば、ちっとは武神の域に近付くのかねえ」とは獄門。


「あの子の泣き顔、命乞い、想像しただけでぞくぞくくるよ」とは裏百家。


 千鳥との対戦を想像してそれぞれの悦に入る。貫之はいつも通りの黙して語らずだが、それが必要となれば躊躇無く千鳥を射殺しにかかるだろう。それを見る雲石、種の違う頭痛を覚えるように再び頭を振り、話を戻す。


「どの者もわからないことだらけだが、それでも共通点を挙げるとするなら白命と千鳥。この両名、桁外れの強さと三千月夜参戦の時期が被るところにある。二人ともおよそ四月前に参戦し、圧倒的な強さで瞬く間に候補に選ばれた。といってもただの偶然かもしれぬが、どうにも気にはなるな・・・」


 最後は呟きとなり、誰の耳にも入ったかはしれず。とにかくも今の情報量ではこれ以上に有益な話合いになど発展しそうにない。雲石はこの場をまとめに掛かる。


「とにかくかぐや候補達の調査は継続してみましょう。今までの調査範囲はあくまでそれなり陽の当たる場所でしたから、そうですな、かぐや候補達のいかがわしさを考えれば始めからこうするべきだったかもしれません、陽の光の当たらぬ暗部、そこに棲まう者共。そちらへ調査を集中してみましょう」


 雲石が言うと裏百家、まるで籠の中の動物が何やら奮闘する様でも眺めるよう、大上段からの微笑ましさで、


「うんうん、頑張れ雲石」


 軽薄に、愉しそうに言ってくる。

 そして諸見も、裏百家による雲石への立場上の不敬も意に介さず愉しげに、


「まあやれることをやるしかなかろうて。よしんばそれが全て徒労に終わり御破算になろうとも、我らが行き着くところは結局のところ鬼の棲まう地の底よ。それを思うと、どうだ、何もかも思うがままにやってやろうと気が起きてこんか?」


 そう雲石に問う諸見の声音、顔つき、佇まい、彼の言う地の底に棲まう鬼共の悪しき霊魂吸い上げて束ねたかのよう、凶事を想い、凶事を待ち望み、凶事に笑う。


「生から始まり死にて終わる人の道、そこに転がるのはやはり修羅場!修羅場!修羅場!それのみよ!そうは思わんか!」


 常軌を逸する倫理、激っして言うと諸見、さも愉快に哄笑。


 いよいよかぐやも迫る初夏の宵、それは残響となりてなかなか消えることはなかった。









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