「ごちそうさまでした」

 手を合わせて三平、張りに張った腹をさする。本日二度目の朝食である。

 あれからしばらく、琴乃もいつもの調子を取り戻し、やれ朝食といったところ、三平の朝食も頼む琴乃。

 口から出かけたのは断りの言葉やらげっぷやら、しかしここまできて一人の食事は寂しかろうと、彼はそれらを呑み込んで相伴にあずかったわけである。

 だがそうなれば殿様気分で膳の運ばれるを待つようなふんぞり返り、微々も持ち得ぬ青年である。
すっくと立つ、着物を巻き上げる、手伝いに走る。そうなると琴乃も急いで立つ、三平を追いかける、一緒に手伝う、と、なんとも騒々しい光景が皆の目に。

 それはなんとも新鮮、誰もが琴乃の健全な人間味に驚きつつもしかし、我が事のように目元口元ほころばせずにはいられなかった。臓腑を切り裂き押し開くよう、心の中身曝せる人間、いるかいないかで魂の有り様は違ってくる。


 彼女にはいたのだ。

 等身大で明け透けな琴乃の姿、それは巨大な安堵となって緋伊屋の面々の心をよろこばせた。稀に柔らかくもなるが、限界に引き絞られた弓矢の弦を思わせ、張り詰めた彼女。ただ一人の青年によって緩まり、たおやかになるは嬉しい事実である。


 そう、心は許していた。それは確かである。少なくとも他の誰よりもは。
血こそ繋がってはいないものの、琴乃にとって三平は紛れもなく弟なのだ。
だがそれでも自ら苦悩を吐露したことはなかった。三平も蜂屋の妾として琴乃がどんな目に合ってきたか知っている。沈黙にさほどの意味はない。それはただ彼女の矜持ゆえにであった。


 実際、今の自分は何者でもない。琴乃は常々思っている。かぐや候補として一時の知名度を得たに過ぎず、彼女にとり、最低の境遇からやっと抜け出たに過ぎない。過去も苦悩も語るには早過ぎる。


「ああ、ごちそうさま」


 だからすぐに何事も無い空気の中へ帰る。朝食でばたついたのが都合良く寝起きの出来事をうやむやにしてくれた。もちろん一言、謝りはしたが。

 そして三平も琴乃の気持ちに従った。今はまだ踏み入る時ではない。
だがもし彼女がそれを求める時が来たなら、それがいかに心の臓に酸を浴びるような辛い話でもとことんまで向き合おうと思う。それが姉であり、恩人でもある彼女にできることなのだ。
今度は弟である自分が彼女を救ってやりたい、ただそう願うのだ。






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