「やだ、そんなに深刻な顔しないでよ」

 軽やかに笑いながら三平に風香。

「あ、いえ、そんなつもりじゃないんですが」

 慌てて打ち消し、三平も明るく笑う。

 病は気から、というように三平青年、常に人には穏やかな心持ちであってもらいたいという朗らかな気遣い、それを感じ、風香は目を細め、笑み、

「じゃあ三平君が花菱に来るってのはどう?」

 悪戯に、そして少し挑戦的に言い、

「いや、さすがにそれは・・・」

 真面目に言い淀み、

「うん、そうだよね・・・」

 風香、再び翳る。
詰めが甘いというか、美徳ではあるが素直すぎる三平である。


「でも」

 しかし三平、言葉を繋ぎ、

「今の世の中がもっと良くなって、医療機関の大々的設置の目途が立ったら、僕はすぐに花菱に行きますよ」

 言い訳めいた中途半端な口調ではない、明確な決意のそれである。

「僕は本来、そういった本当に医師が必要とされる土地に診療所を開きたいと思っているんですよ。ですから今言ったことは必ず守ります。突然思い立ったような口約束にしか聞こえないかもしれないですけど、今日こうして会えたのもきっと縁あってのことです。頼りなく聞こえるかもしれません。だけど僕を信じてもらえますか?」

 唐突、面と向かい、愛を吐露するかのよう、真摯に風香を見つめて三平。
言葉の通り、突然の思いつきではある。しかし本音そのものであった。今まで持ち続けた医師としての熱意の向けどころをこの出会いによって得たのである。明確な形を得たのである。自らの生に絶対的な確信を得たのである。そしてそれは清らかな奔流となり、青年の魂を洗った。


「・・・」


 それこそ面と向かい愛を吐露されるが如し、風香の頬は朱に染まり、口はぽかんと半に開き、言葉を無くす。この上なく優しげな青年が強さを秘めて全力で言葉をくれる。情熱と希望と覚悟を込め、彼は彼女の最も望むものを叶えると誓う。

心打たれぬわけがなかった。



「うん、信じるよ」



 短く、一言。だがそこには人が咲かせ得るあらゆる歓喜がとりどりの花となり、満ちていた。








 

 

「なんだか良い雰囲気になってますね」

 後方の清香、隣を歩く琴乃へ語りかける。嬉しそうな声である。前方の二人の雰囲気、若さにかまけた浮ついたものでないのが好ましい。素晴らしい関係を築けたのであろう。それは知己の有無に関わらず好ましいことだ。

「そうだな」

 琴乃も同感なのか、柔らかく応じる。

「馬鹿みたいな女に引っ掛かるようなら断固阻止だが、まああの娘ならいいだろう」

 過保護な姉そのもの、琴乃は言う。

「そうですね、今日初めて会いましたがとても人懐こくて良い娘でした」

「だな」

 彼女らは歩く。素晴らしい夜であった。



「きっと大丈夫です」

 唐突に清香。

「なにがだ?」琴乃が返す。

「なにもかもうまくいきますよ。白命さんや千鳥さんはまだよくわかりませんが、少なくとも悪い人には見えませんし、咲夜さんや琴乃さんや僕の目指すところは一緒です。きっとあの娘も」

 清香は前方の風香の背中を温かく見やる。

「より良い世をつくる、か」

 琴乃が自らに聴かせるように呟く。

「はい。琴乃さんの願いもそれでしょう?」

「確かにね、そうだね」

「誰が勝っても恨みっこ無しです。だって自分と同じ志を持った方がこんなにいるんですから」

「そうだな」

 どこか子供のよう、清香は嬉々と喋り、琴乃も言葉少なくあるが穏やかに返す。


 天に浮かぶ月は彼や彼女らの決意や願いを象徴するように、まるで聖なる誓いの如く彼女らを照らし、ただ静かに、煌々と輝いていた。














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