そんな時である。
「あっ、琴乃だ!」
なんとも溌剌とした、喜び勇むような子供の声。
座敷の三人、思わず声の主を探すと、視線は店先へと行きついた。
「あ、清香だ!」
すると今度は若い、しかし成熟した声が上がる。
「・・・うわ」
琴乃は思わず呻いたが、清香と三平は明らかに嬉しい偶然に喜ぶ声音で、
「咲夜さん!と・・・」
咲夜の隣にいる人物に目をやれば、そこにはどこか見たことがあるような人影が、
「千鳥だよ〜」
即座に注目に反応し、明るく手を振ってくる。
「千鳥さん!・・・」
思わず清香は呟く。
前方の無邪気な姿が御披露目時の凄惨な姿と重なる。
正直清香、どのような顔と態度を示せばいいかわからず困惑顔であり、三平も同様の様子であった。
戸惑う二人と明らかに嫌そうな顔した琴乃を相手にしかし咲夜、お構い無しに声を張り上げ、
「千鳥!なんかよくわかんないけど決めるぜ!そんな空気だ!」
「了解なり!」
言いつつ、それだけを合図に、お互い息を合わせたかのよう、二人は店先で何やら奇怪な姿勢を取り、自分達の登場を飾っている。
それはどうやら自分達の色香や愛嬌、気風の良さなどを表現しているらしいが、いかんせん、独自性が強すぎる芸同様に誰にも真っ当な評価を貰えるような空気ではない。
「主人、扉を閉めてくれ」
などと挙句の果てには琴乃のこの言葉である。
当然店先の人物がかぐや候補であるは百も承知だが主人、自らの商売諸々考え、客の立場であり、何よりもまずどうすべきかを提示してくれた琴乃に従い、困り顔で愛想笑いなどを浮かべつつ、しかし無情にも扉を閉めた。
「よし」
琴乃は頷くと、食事を再開する。
「あの、いいんですか・・・?」
さすがに清香は落ち着かない。すると琴乃は諭すよう、
「清香、あれは悪い幻覚だ。すぐに忘れるんだ。なに、美味い飯を食っていれば血流も良くなりすぐに頭も冴える」
「ちょっと待て!」
そこで咲夜が扉を押し開いて入ってくる。
しかし瞬間、清香は琴乃の漏らした小さな舌打ちを聞いた。
どうやら琴乃は本気で歓迎していないようであり、清香としてはどうしたものやら、
「あ、どうも〜」
なのでなんとも珍しい、煮え切らない反応を返す半笑いの清香である。
「清香も三平も居るなら助けてくれてもいいだろ〜、さすがのわっち達でもあれはちょいとお寒かったぜ」
咲夜が言うと、後ろからひょっこりと千鳥が出てきて、
「そうだそうだ!お詫びに肉を要求する!」
言いつつ、すでに座敷に上がっているという具合である。
清香と三平、理由は分からねど、刻一刻と空気が悪くなっていくことだけは明らかに感じている。咲夜はあれで気の回る人間だから大丈夫かもしれないが、問題は千鳥である。
そして彼女を見れば、おお、すでに三枚四枚と猪肉を平らげているではないか。
こうなると清香ももはや黙ってはいられない。
「あ、あの、千鳥さん、はじめまして。僕は清香と申します」
「うん、知ってるよ!清香だろ?すごい惜っしい子だ!」
食いながら無邪気に返してくる。
「惜しい子?」
鳩が何を食らったやら、千鳥の言葉の意味がわからず、清香の顔はきょとんとする。なんだかよく分からないうちに場がごたつき、正直うまく処理できない、
そんな清香の困惑を救ったのが、いや救いかどうか微妙であるが、琴乃が堪りかねたように口を開いた。
「お前は挨拶くらいちゃんと返せないのか?それにわたしはお前達の同席を許可した憶えはないぞ」
明らかに真剣そのもの、軽く怒気さえ孕みつつの琴乃の言葉であるが、それを真面目な顔で受け止めたのも束の間、咲夜と千鳥はすぐに表情崩し、
「またまたぁ〜、お前はなんでそんなに頭が硬いんだよ〜、同じかぐや候補同士じゃないのさ、もちろんただ食いするつもりじゃないから安心しろって〜」
「うんうん」
千鳥は喋る間も惜しいのか、咲夜の言葉にむぐむぐと頷きながら、貪り食っている。
(そういうことですか)
清香は納得する。千鳥達と琴乃は合わないのだ。性格の不一致というやつである。
突然の出来事の連続で気付くのが遅れたが、放埓と規律、享楽と厳格、どう見ても犬と猿、水と油、混じり合いそうにはない。
清香は鍋食う手も止まり、ひやひやと眺めていると、さすがに彼女は馬鹿ではない、
「でも、ま、一理あるね。千鳥、面と向かうのは初めてだろ?挨拶くらいしなよ」
咲夜が言う。
(この辺りはさすがです)
そんな清香の安堵は束の間に、千鳥は口の中の物を嚥下すると、元気良く、
「はじめまして、千鳥だよ!職業は美少女戦士です!」
「馬鹿・・・」
言い切った千鳥に、琴乃もさすがに力尽き項垂れる。清香も三平も苦笑いである。
正直、清香に至っては御披露目の時と同一人物であるのか、疑わしいほどである。それほどまでに今の千鳥は子供そのもの、隙だらけに映った。
「なあ、御披露目の宴席に清香いなかったんだし、代わりっちゃあなんだけどここで皆、膝を突き合わせて飯を食うってのもいいんじゃないか?本当に邪魔だったら、今更だけど帰るよ。な?千鳥」
咲夜が言うと、それはもう塩っぱい顔の千鳥である。
が、そう言われてはむげなく追い返す狭量を自ら嫌ったか、琴乃は頷いた。
「そう言われれば返すわけにもいかんだろう。だけどあまり羽目を外すなよ」
しかしそれを聞けばしめたとばかりに咲夜、悪戯に破顔し、声を張る。
「よっしゃあ、おやじ!鍋追加!酒も持ってこい!三平!そこの襖を開けな!
どうせだ、かぐや候補全員呼んじまえ!宴だ!」
弾けるような咲夜の声は一斉に華やかな宴の気運を呼び、周囲の客の胸をも高鳴らせるほどであった。
千鳥が喜ぶがもちろんだが、何だかんだ、清香も三平も派手に表に出さずとも、それはそれで歓迎している部分もあった。そんな中、琴乃だけが自らの前言を呪ったとか、呪わなかったとか。とはいえ後の祭である。
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