「琴乃」

 緋伊屋主人である支倉(はせくら)京の商人寄合への道中隣を歩く琴乃に言葉を掛けた

「はい」

 当の琴乃はあくまで周囲に気を張りながら、味気のない声音で簡素な返事を返す。

 寂しさであろうか、
 含みある微笑を浮かべ、支倉は口を開く。

「仕事熱心はいいが、そんなに気を張るもんじゃあないよ。供の者はお前さん一人じゃあないんだから」

 そう言う支倉の周囲には、少し離れて護衛の者が数人ついている。
 隣に琴乃がついているので、それ以上周囲に人が固まっては無駄に威嚇になると踏んだか、支倉の気配りである。


 支倉は商人的な我利我利さとは無縁の人間であり、
外見に於いてもほっそりした柔和な男で、その本質は文化人と呼ぶが相応しい。

 異国の服飾文化を進んで取り入れているのも新しき文化の萌芽を愛でているようなもので、時流を売り上げに換算するだけという直線的で下卑た思惑は無い。
 しかし商人である以上、多くの奉公人などを抱えているゆえ、稼がなくてはならない。だがそれさえも垢抜けにこなす商才、いや、支倉という男の洒脱な才か。

 ともかくも琴乃は、蓮月という閉鎖的な国の中、見たこともなき新しき絹を織り上げていくような支倉の文化的な改革に惹かれるところがないといえば嘘になる。



 琴乃は大海を殻に閉じ籠る蓮月という国が嫌いであった。
どれほどの清水であろうと循環しなければ腐る、ということである。
 内へ内へと頑迷に凝り固まり、その末に出来た腫瘍のような特権階級、
これに人生を狂わされた彼女からすれば、口に
(のり)するにもいちいち旧来の文化を壊す側につくというのはごく自然な流れであ


「はい、ですが何かあった際にすぐ動けるのはわたしだけですから」

 などと返事が硬いのは御愛嬌、
とはとてもいえないが、仕方が無いことなのかもしれない。

「まあせっかく偶の外出だ。もしどこか行きたいとこでもあったら、あたしのことは他の者にでも任せておけばいいんだ。遠慮無く言いなさいよ?」

「いえ、お気遣いだけ有り難く頂いておきます。寄合が終わるまでしっかり警備待機することがわたしの役目なので」

 琴乃は取り付く島もなく返す。

 支倉はこれ以上は口喧しいと悟ったか、
目的地に着いたこともあり、口を閉ざした。



 背後に感じる琴乃の気配。
類稀なる武人のものだ。
もちろん堅固なりて巨大な安心をもたらすものであるが、
どこかぐらついて思えるのは自分の考えすぎであろうか、
支倉は思う。

 琴乃という女を知れば知るほど、彼女の屋台骨の軋みが聞こえてくるようであった。
 まあこれも、支倉の些か繊細な感受性による捉え方によるものではあるが、
彼女に無理が掛かっているのは間違いなく思える。


(自分を殺してまで世の中を変えることなんてないのにねぇ・・・・・・
 難儀な生き方だよ)

 彼女本来の優しさを知っているだけに、支倉は琴乃が不憫でならないのである。









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