どうやら三平がここにいたのは単なる偶然ではなかったようである。

 訊けば清香達が一宝庭園に出たとすれ違いに
 清香のもとを訪ねてきたらしいのだ。

 用件はといえば五日前の御披露目、
 その時の傷の様子を見に来たらしい。

 しかしそれから一向に帰ってこないのが心配で、
 帰るに帰れず、辺りを回りながら待っていたところ、
 先程のやり取りが聞こえたということらしい。

 三平は、僅かの間に完治していた清香の傷に驚きつつも、
 刀傷を幾つもこさえた女人を連れてきたことにさらなる驚きをみせていた。

 が、彼とて曲がりなりにも医師である。
 事情は後回し、すぐに手当ての準備を始める。



「では咲夜さん、ちょっと袖をまくってください」

「あいよ!」

 そして(かけ)(えり)を両手で掴み、
 がばと着物そのものをずり下げ、
 異国の胸当てで乳房を隠すのみ、上半身は半裸となる

「なに脱いでるんですか!」

 途端、三平の顔は火がついたように赤くなり、咲夜から視線を外す。

 広漠たる外洋を越えた先にある蓮月の貿易国の一つ、
 
火凛(かりん)の国から入ってきた胸当てはあまりに乳房を隠す面が少なく
 むしろ乳房の丸みを強調する、極めて扇情的な代物である。

 
治療上、本当に必要とあらば女人の全裸もまったく意に介すことも無いであろうが、
 そうでない場合に於き、むやみやたらと肌を露出されれば、
 三平という
初心(うぶ)な青年、汗顔赤面の至りである


「全裸じゃないよ

      半裸だよ」


「語呂良く言っても駄目です。
 袖まくるだけでいいんですから、着物きてください」

「でもこのほうがすっきりしててやり易いだろ?」

「やり易いけど・・・やりにくいんです・・・」

 三平は俯き、
 咲夜をちろちろ上目で見ては、言う。

 清香はもはや呆れ顔で静観、
 というか傍観し、咲夜の顔には確信犯的な笑みが浮かぶ。


「ほう・・・色を知る年頃か・・・
 いいだろう、
 気の向く儘思うが儘、じっくりねっとり、穴が開くほど診るがいい!」

 言うが早いか、埃を叩くが如く、
 だんと畳の上へ大に投げ出されるは、咲夜の肢体。

 無論、艶とは縁遠い、稚気溢れる振る舞いである。

 が、それはそれ、
 仕草に優艶は欠けども、盛りを迎えた女の肢体、
 無造作に転げるだけとて色香は漂う。

 それに当てられたか、三平はますます赤面、硬直する。


「診て、触って、ねぶって!」

「はいはいはいはいはい」

 するとさすがに見かねたか、
 清香が割って入り、咲夜を起き上がらせ、着物を着せ、
 人形を操るよう、手早く咲夜の居住まいを正していく。

「咲夜さん、もういいでしょ?あまり三平を困らせないでください」

「わかったよ、
 でもまだ腹6分目くらいだから、どうなるかは保証できないよ」

「はいはい、袖を捲りましょうね」

 まるで聞き分けない子供か老人でも相手にするよう、
 清香が咲夜の袖を捲る。


「ほら、三平。治療をお願いします」

「あ、は、はい」

「大丈夫ですよ。怪しいけど怪しい人じゃないですから」

「あっ、はい、いえ、わかってます。
 かぐや候補の咲夜さんですよね。知ってますよ、もちろん」

「おっ、感心感心。触る?」

 そしてちらりと襟をはだければ、
 三平の目には咲夜の胸の膨らみが、またむちりと。
 ここで医療に赴かんとした青年の心中、またぐらりとくる。
 
 動揺するということは少なからず青年の関心事に触れているわけであって、
 身も蓋も無く言えば、それは性への若い欲求である。

 咲夜は咲夜でそんなことは些細な戯れ事、
 小事も小事、
 三平の初心な反応に刹那の満足を覚え、それ以上でも以下でも無く、それのみ、
 ただ可笑し。

 がしかし、それに比して清香の反応の峻烈なること火の如し、

「喝!」

 と発すると同じく、
 音の速さで咲夜の煙管を帯から抜き取り、
 二人の肩を打つ。

「痛!」

 と二人が揃えて声を上げ、
 抗議を含めつつ清香を見れば、後の二人は述懐する、
 
 そこには怖いお人が立っておられましたと。


「煩・悩・死す・べし」

 厳然たる口調で告げる彼女はあらゆる煩悩を滅する神仏のようであったと。

「あ、ごめんなさい、なんかごめんなさい」

 と、三平と咲夜の両名、兎にも角も低頭し謝る次第。

「早く治療する」


「あ、すいません、本当にすいません」

 滅多にない清香の命令口調に、
 低頭し畏まっていた二人はきびきびと動き、
 すぐ様に医師と患者の正しき佇まいを整えていく。

 

 

「でもお二人が親しくしてたなんて知りませんでしたよ」


 戯れは無し、改めて治療を施しながら三平は言う。

「ああ・・・まあ、三平が知らないのは当然ですね」

「だなあ」

 清香と咲夜、
 互いの間だけで会話を成立させれば、三平が訝しるのも当然で、

「どういうことですか?」

 と、再度彼は問うことに。


「恥ずかしい話ですが、
 僕は咲夜さんのこと知らなくて、今日たまたま知り合ったんですよ」

「そうそう、まあ知らないっていうのもすごい話だよな。同じかぐや候補なのに」

「確かに」

 三平は頷く。

 清香は気まずそうに半笑い。

 咲夜は続ける。


「んで、それから色々あって今に至るっつーわけよ」

「はあ・・・」

 肝心の部分が端折られすぎて、まったく説明の体を成しておらず、
 三平の口からは府抜けた相槌が漏れる、
 
 が、

「色々って!
 ・・・そうですよ、なんでこんな傷を負っているんですか?」

 医師として、
 というかようやく本来あるべき反応を示す。


「ん、んー・・・稽古、かな?」

 清香は濁し濁し答える。
 第一襲われた理由など判然としていないのに、
 襲われたという事実のみを伝えても、相手に与えるものは不安だけである。
 三平に余計な心配を掛けさせたくもない。


「そうなんだよ。
 せっかくだし軽く手合わせしてみようかってことになったんだけどさ、
 そこはもう清香先生の本領発揮ですよ、
 冗談がまったく通じねえっていう。
 軽くっつうのに本気でざくざく切り刻んでくれて痛えのなんのって」

 咲夜が辻妻を合わせる形で言う。
 ので、内容はともあれ清香としては咲夜の助け船になんとか口を挟まず我慢する。
 無論、表情は苦虫。
 文字通り、呑み込みたくないものを必死に咀嚼している風で、苦々しい。

 とはいえその不自然な繕いの綻びに気付かぬほど三平もなかなかどうして気抜けた青年ではない。

 朴念仁ではある。
 しかし気遣いというものを心得ている。
 自らが気遣われればそれが分かる。
 それは優しい発見である。
 だがそのような人の気遣いに安穏としていられるほど御目出度くないのがこの青年の美点というべきかなんというべきか。

 なにより実戦でさえ人を傷つけること厭うであろう清香が稽古で
 真剣を用い、一方的に相手を切り刻むなどするわけがないことは明白である。

 なにより嘘であることは清香の顔をみればわかる。
 が、咲夜の言葉を覆すような素振りはない。
 一応は継ぎ接ぎだらけの言い訳をつき通すつもりらしい。


(仕方ないですね)


 今は話せないということですか。
 
 三平はそう自分を納得させる。
 信頼の有無にかかわらず話せない時というものはある。

「まあ、いつか話してもらえればいいですよ」

 三平が全てをひっくるめ返事を返せば、
 清香の心中、安堵や罪悪感、諸々の感情沸くが、
 三平の気遣いと人格への感謝が格別大きい。


(三平、ありがとうございます)

 偽りを口にした気まずさあれど、
 このような人間と知己を得られたことに対し、
 清香の心、少しばかり温かい。











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