京都所司代・
幕府からの使いが来た。
本来ならば翌日の取次に回すところだが、
要件は今年のかぐやについてである。
諸見は急遽、使いを招き入れた。
上物の酒を舐め、欲に澄んだ眼で使いを見る。
「して、何用だ?」
毒を孕んだような鷹揚さでもって尋ねる。
その姿は齢を五十も過ぎているというのに老いを感じさせず、
精力に満ちている。
「は」
使いは応じ、淡々と用件を述べる。
「今年のかぐやが広域戦場による遭遇戦であることは既に伝えた通りでありますが、そこに獄門様、貫之様、千利様が参加することが決定しました」
「ほう」
使いの発した三名の名を聞いて諸見は喜色ばむ。
「して、その心は?」
悪戯に真意を問う。
すでに顔が赤い。諸見という男、あまり酒に強い方ではない。
しかし茶化すようなその物言い、
明らかに酔いのせいだけではない。
「今年のかぐや候補は歴代稀に見る凹月が集まったそうで・・・」
「左様」
使いの言葉をぶつ切り、諸見は頷く。
その顔には赤黒く愉悦が広がり、
酒気も混じり、なんとも浅ましい体を成している。
「左様だよ、きみ。その通りだ」
しかし諸見は卑しさこそ人の本性、
それを撒き散らすになんの遠慮がいる、とばかり、杯を片手、立ち上がる。
「みな才がある!凄まじいぞ!あどけない鬼子!凍てた貌の絶忍!・・・」
途端、昂り、声音が跳ね上がる。
「はい」
今度は使いの者が言を挟む。
しかしそちらは糸で豆腐を切るよう、
すと、すすと、音無く切れ込み、なんとも柔らかな両断。
「今仰ったのは千鳥と白命でございますね?」
「・・・ああ、そうだ」
使いが訊けば、諸見は素っ気なく答える。
躁と騒いだが嘘の如く、すとんと座り、肘掛けにもたれる。
躁と静を間断無く行き来する、その様は、一種の異常者を思わせる。
「その二名然り、今回のかぐや候補は出色しています・・・」
「であるからこそ、かぐやの選出にはそれなりの人選でもって念入りに行うってことなのであろう?」
再度、諸見は使いの言葉を切り、言を挟む。昂ってはいないが。
「はい。蓮月城にいる殿も大変気に掛けておいでです」
「まあ確かに獄門達でなければかぐや候補を相手取るには荷が重いだろうが、大丈夫なのか?」
「何がでしょうか?」
「護りだ、護り。あいつらは東西要所の業物衆の頭だろうが」
「もちろんそれぞれ代理の者を立てております」
「ふん」
分かり切ったことを言う。
だが、代理が頭の能力を補い切れていなければ穴は穴だ。まあいい。
「話はそれだけか?」
「はい」
「わかった。こちらはいつでも獄門達を迎え入れられるよう準備しておこう。これでいいな?」
「はい」
「ならもう出ていけ。そろそろ男の面も見飽きたわ」
酒を舐めながら、無遠慮に言う。
その瞳には情欲が灯り、抑えきれぬ好色が覗きだす。
「朱洲を呼べ」
諸見はもはや使いを一瞥さえせず、
隣室に控えた従者に愛妾を呼ばせる。
使いが頭を下げ、出ていく。
が、そんなことはどうでもいい。
諸見は杯に入った酒を一息で飲み干す。
それが胃の腑に落ちると、酩酊が訪れ、意識を蕩かした。
あとに現れるは純然たる欲望。
酒精に導かれるまま、女の肉を貪る。
そして三千月夜の血の宴。
姦淫し、夥しき血に酔う。
この世にそれ以上の愉しみがあるだろうか。
まあ、あるのだろう。
だがそれは諸見にはなんら価値を見出せぬものだ。
だから彼にとり、それが歓喜の極み。
今年のかぐや。
どんな凄惨な血が流れるのか。それを想像するとひどく興奮する。
またぐらが熱くなり、陰茎が精通を覚えたばかり、
性欲盛りの若者の如く硬くなる。
我が肉体、欲望となんと仲睦まじきことよ。手を取り合い昂りよる。
女が現れる。
諸見は抱き寄せ、うなじに鼻をつけ、激しく音を鳴らして女の香を嗅ぐ。
そして、肺を女で満たしながら諸見は思う。
この世は地獄極楽。
血を浴びながら歓喜することもできれば、
また、慈悲を施すように殺戮に興じることもできる。
人はみな法悦境の只中にいるのだ。
わしはそれを知っている。故に自らの道から外れたことがない。
わしはただそこで血の飴玉をぺろぺろと美味しく舐め転がしていたいだけなのだ。