突然ではあったが、確かに咲夜も清香同様、月器使い同士の手合わせというものに有用性を認めた。

業物以上を扱える者は極端に少ない。

要は別格ということである。

あらゆる武芸者が集まる三千月夜といえど、そう御目に掛かるものではない。
しかしかぐや候補には大抵毎回一人か二人はいる。そして今回のかぐや候補はもしかしたら全員そうかもしれないとも思っている。

繰り返すが大業物級は別格である。出来が違う。
かぐやを間近に控え、有資者と手合わせできるのは僥倖である。

生の経験に勝るものはない。


「いいね」

咲夜は不敵に笑い、頷いた。




二人が向かったのは一宝庭園。
京都でも有数の庭園である。

三千月夜宴場(会場全体を指して宴場と呼ばれている)からそう遠くない南東に位置する。
宴場の右側面を南北に通る東大路を4町ほど南下すると四条通りと交わる。
四条通りはそこで終わり、かわりに少し細くなった道がそのまま東に続く。

これが天満寺三門小路である。
一宝庭園へ続く主要路であり、一般的には正面玄関とされている。

大抵の人間はまず天満寺三門小路を通り、三門をくぐり、天満寺に参拝したのち、
見事に手入れされた広大な一宝庭園で憩いを得るというわけである。

もちろん広大な庭園であるからして、他にも幾つもの小路が入口としてあるのだが、
そこは町民の信仰篤く集める天満寺の威光であろうか、よほどのものぐさでない限りは天満寺三門小路から庭園へ向かう。

清香も類に漏れず、三門小路から庭園へ向かった。

時刻は明け5刻。

あと一刻立てば暮れ6刻となり、日も落ち、今は賑わう天満寺門前町の茶屋なども一斉に店仕舞いを始める時刻だ。庭園は終日解放されているが天満寺は暮れ6刻で閉鎖される。

二人は帰路につく多くの参拝者を逆流しながら進んでいった。
なお、咲夜は少し辟易とした風である。

「なあ、清香ちゃんよお、わざわざ三門小路から行くことなかったんじゃないの?」

もっともな意見であった。
三門は一宝庭園の最南西、いわば一番下の左端にある。
そして清香の借家は庭園の北側に歩いて少しのところにある。

もちろん北側にも入り口用の小路がある。
要はとんでもなく大きく迂回し、本来かかるであろう時間の数倍を掛けて遠回りしてきたのだ。無信仰とはいわないが、信仰篤いわけでもない咲夜からすれば迷惑な話である。

「まだ天満寺も閉まってないですし、ちゃんと正門である三門から入らなければ駄目ですよ」
 清香は諌めるように言う。

(駄目なことねーだろ〜)
 とは思ったが、咲夜は口には出さない。小言が返ってくるに決まっている。

(実際は隣り合ってるだけで、別に二つで一つって場所じゃないしね〜)

 事実である。ただいつの間にか天満寺経由一宝庭園行きという慣例が出来上がっているのも事実である。
清香は持ち前の生真面目さでそれを守っているのだ。
面倒な性分である。

 しかしやはり口には出さない。

小言が怖いから。

 立地的な問題や法的な問題ではないのである。
そこに住む人間の意識として〈そういうこと〉になっているのだから、
ある意味国の取り決めなどよりよほど強固な決め事ではあるのだろう。

「ま、もう着いたからいいか」
「そうそう、そうですよ」
 切り替えも軽く咲夜が言えば、清香が応じる。


 うるさいかぐや候補と真面目なかぐや候補。
この奇妙な組み合わせに、すぐにすれ違う人の多くが好機の視線を投げてくる。

 それに気付くと清香は気恥ずかしげに俯きがちになって進み、
咲夜は相変わらずふざけた言動をまき散らして進む。




 すぐに三門が見え、くぐり抜け、石畳の上を進んでいくと、
徐々に人の気配が掻き消えていく。
生い茂る草花、樹木、虫、動物の呼吸が静謐な空間に満ち、
自然本来の息吹の中で人の臭いは薄まっていく。


「なるほど、確かに近場で人目に付かない場所にはうってつけだね」
「はい。こっちです」
 清香は頷き、さらに進む。


 咲夜は清香に付き合い、天満寺に参拝した後、境内を抜け、一宝庭園へ向かう。
しかし清香は石畳で整えられた小道の上ではなく、鬱蒼と木々が乱立する中に分け入り、進んでいった。

獣道すらない、天満寺と一宝庭園の境目から庭園南東には樹海のように濃密に木々が生えている一帯がある。中に何があるわけでもない。しかし清香は明らかに何かを目指して進んでいく。

 しばらく歩くと、不意に視界が開けた。
前方には見上げるほどの巨大な岩石があり、
そこから半径約4間ほどの円に近い空間が広がっていた。

「・・・小さな道場くらいはあるね」
「はい。訓練にはうってつけです」

 咲夜は改めて周囲を見回す。

「木と岩石で視界は完全に遮断されていて人気も無しか。条件としては抜群だね」
 立地の条件に満足しつつ、咲夜は高煙亭を口に咥え、巨大化させる。
すでに語るべきはない。

「でしょう?」
 清香は自らの持て成しに興ずるように笑い、
龍切の柄に手を掛ける。

(目が変わったね)

 高煙亭を肩にかけ、咲夜は清香の変化を見て取る。
 だが闘争を間近にした昂りとは違ってみえた。

目の最奥で微かに異質が混じった、
ように見えた。
形状の変化はない。
が、黒々とした瞳孔は虚空に繋がっているかのように底の見えない穴ぼこのごとく深度を増した。

 咲夜の身体に震えが走る。

武者震いと言いたいところだが半分は純粋な恐怖である。
この一瞬の僅かな変化で清香への評価(特に武力)が一変した。

 総合力、特に技量面では劣るが千鳥と白命よりは下。
しかも対人戦での不安要素が強く、なにより実力はあっても恐さが無い。
それが清香に対する咲夜の武力評価だった。

 だが今目の前にいる彼女は咲夜の想像を覆し、逸脱の気配をみせている。
まだ恐怖そのものでは到底ない。
しかしどこか死角に、
清香を変質させる何かが危うい角度で潜んでいるのは確かだった。


 清香は龍切を鞘から抜いた。

 一分の隙も無い挙動は反復訓練により純化され、
虚飾を排した一振りの美しさを持っていた。

 しかしこれほど迷い無く抜いたのは清香も初めてだった。
自らは神剣を持っているとはいえ、到底使いこなせていない。
対して咲夜は破壊力の強い大業物を自分のものにしている。


 どちらが強力か?

答えははっきりしている。

咲夜に分がある。

 その認識は間違っていない。誤りがない。
大業物の力の恩恵を完全に宿す者と、神剣の力をおこぼれで行使する者。
圧倒的に清香が不利である。

 そして神剣を抜いて(未熟ではあるが)なお、絶対的下位にいるという事実が清香の龍切に対する気後れを一時的であっても払拭させた。



(すごい・・・力が・・・)
 今までおぞましささえ感じていた龍切の力。
体内に迎えさせたことは一度も無い。
常に柄を握る右手首辺りで堰き止めていたそれを迎えると、
獄炎が体内を駆け巡り、清香を変えた。

 力強い闘争の誘惑に従い清香は龍切を清眼に構えた。

 だが体内で獄炎が猛っているとはいえ目の前の咲夜を傷つけたいとは思わない。
つまりある程度、龍切の力を制御しながら自らのものにしたということである。

初めてにしては上出来といえる。
気を抜くと自我ごと呑み込まれそうな不穏な疼きを覚えはしているが・・・。


















 

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