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 力の使い方は理解していた。

 7年前に清香の前から姿を消した父・忠人に初めて龍切を握らされた時から、だ。
刀身に全神経が繋がった。


そうでない者には解らない感覚。
そして資格を有す者には否応無くもたらされる感覚。

 力の使い方は理解していた。

 そうでない者には想像し難いことは確かだ。

 例えば尻尾を持たない人間が、
尻尾を自在に操る感覚を知り得ないのと同じく、

 力を持たない人間がその力を知覚することは決してできない。


 しかし清香は理解していた。

 類い稀な資質を有してもいた。

 自身、身中に宿る力への自覚はあった。
 それは未曽有の暴虐を連想させ、龍切を握る度に怖気(おぞけ)に襲われた。自身に眠る力の完全行使。本能がそれを予見すれば、惨劇ばかりが広がり視える。


 だからだろうか。
幼い頃から龍切を完全にものにしようとは思わなかった。


「龍炎舞・・・」
 清香は龍切を胸に掲げ、呟いた。

 白銀の刀身が炎熱で紅に染まる。


 力の使い方は理解していた。

 それは血液を自在に流動させることに似ている。体内に充溢(じゅういつ))
する力と刀身に宿る力これを血液の如く循環、融和させ、自らの力と成す


端的にいえばそれだけだといえる。
要は資質の有無が大事なのだ。

あとは覚悟か。

 しかしその覚悟を定めることが何よりも困難であった。


「・・・龍舌」
 清香は呟き、龍切を振り下ろす。

 声に張り無く、動きは緩慢。覚悟の著しい欠如を如実に物語っている。

 鈍い振りからは小鳥の群れ程度ならば丸焼きにできそうな炎が生まれ、
空間を僅かに焦がす。


 貧相な炎。

 本来ならば獄炎を生む。


 力の使い方は理解していた。


 ゆえに惑っていた。

 この世に神剣と呼ばれるものは数本しか存在しない。
そしてそれを操るに足る者の存在もまた稀有(けう)である。

 どちらも人智を超える。


 だがしかし、人間は所詮、人間。
脆い精神しか持たない。

 神剣使いとして稀なる資質を持っていても精神は一般普遍、
惰弱(だじゃく)の魂。人の精神は皆そうだ。


 太古より神剣は朽ちることなく天魔の輝きを放てど、
それに見合う人間などそう現れるものではない。

稀なる資質を生まれ持ち、さらに金剛不壊(こんごうふえ)の精神を持つ人物。

 まるで御伽(おとぎ)の傑物。

 そういった人物だけが神剣を操る。
 

 あらゆる理(ことわり)を無視する天上の暴力。
 生半可に受け入れれば精神は変容する。

 人としての崇高さなど虫ケラの自我にも劣るだろう。
 
 だが清香は人として、人の慈悲と誠意をもって世を正しくしたいと願う。
しかし神剣の力を受け入れて尚、変わらずに自己の清心を保てるか。


 情けないが、その自信は無かった。

 まさに未曽有、無尽蔵に燃え盛る黒炎。


 あまりに強い破壊の力は柄を握る度、
脳内で禍々しい像を結び、その黒炎は清香の心根を炙(あぶ)った。

 そのような感覚しか持ち得ないこと自体、
到底使いこなせる状態にないという確たる証左であり、
龍切の力を血肉とした瞬間、力に呑まれ、堕(だ)っすることを意味していた。



「・・・・・・」
 清香は黙って龍切を掲げ見た。

 眼前に横一文字。刀身に映る己の眼(まなこ)。

 寸間、清香は龍切と相対し黙す。



 力の使い方は理解していた。
 ゆえに惑っていた。
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